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鞭打たれるおっさん

まずは、おっさんが鞭打たれるとこをどうぞ!


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チャールズ・ブロンソンは肉体派だがボディビルや花形スポーツの出身ではなく、少年時代からの肉体労働で鍛えた生活体力タイプ。
青春時代の美貌にも縁がなく、世界的に人気が出たのは50前後から。
だから、50歳を超えてからよく脱いでおっさん臭い肉体をさらしている。
胸毛のない褐色の裸はハリウッドではエキゾチックだろうが、日本人の目からは道路工事に汗を流してる人や銭湯でタオル巻いてコーヒー牛乳飲んでるおっちゃんに見える。
そんなおっさんだから少々の鞭にもへこたれない夏みかんみたいな皮膚を持っていそうである。
若い頃より、年を取ってスターになってからの方がぐっとイイ顔になり、肉体からも重ったるい色気が漂うようになった。
こういうノン気のおっさんが裸で鞭打たれる、好きな人にはたまらないでしょうね。
と言うか、ぼくも好きです。
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ドラキュラとフランケンシュタイン

吸血鬼ドラキュラ伯爵というのは究極のSだろう。
美女に催眠をかけ、肌を噛み破って血を吸う。
美女はうっとりとされるがままに…

それに対し、フランケンシュタインのモンスターは被虐の怪物である。
生みの親の博士に厄介者扱いされ、地下につながれ、助手に虐待され、村人に追われ、誰からも助けられることなく死ぬ。

メアリ・シェリーはSだったのかも知れない。

dracula.jpg
貴婦人の肌を食い破るドラキュラ伯爵

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哀しみのモンスター

SMにおける八百長問題

AVやSMショーに出る時、M役なので極力女王様に逆らうような芝居をすることにしている。
特に縛られる時は、緊縛作業の邪魔にならぬよう気をつけながら抵抗しているかのように見えるよう身をよじる。
SとMが仲良く打ち合わせているようなプレイは見ていてしらけるからである。

主人は単独で主人だが、奴隷は主人がいなければ奴隷にならない。
寺山修司の戯曲に主がいなくてパニックになる奴隷達の話があるが、Mの立場というのはSとの相対的な関係上成り立つものだ。
従って、Mは常に主となるSを求めている。

Sは嫌がる相手を責めたい。
Mは強制されて無理やり責められたい。
マゾヒストがサディストに従順につくすというスタイルはどちらも求めていないのだ。
強制し強制されることを、お互い自由に楽しんでいる。

SMは八百長なのだ。






束縛と無責任

極限状況に追い詰められたら、人間の行動は3つのパターンに分かれるそうである。

A 周囲に怒りをぶつけ怒鳴りつけ叱りつける
B ひたすら頭を下げ謝る
C どうにでもなれと開き直る

以上のうち、Aはサド、BとCはマゾになるという分析を読んだことがある。
皮相な分類だと思う。
実際、立場が悪くなると部下を叱り付ける上役が嗜好は極端なMだという例を知っているし、低姿勢でいつも謝罪しているが性癖はどのつくSという人もたくさんいる。
いずれにしても、CのタイプはMに多い。
一見度胸があるように見えるが、要するに言葉は悪いが横着で無責任なのだ。
いろんなSM性格分析を見るが、大抵は「短気なのはサディスト型」みたいな薄っぺらいものや、相手にこうあって欲しいという願望型のものが多い。
そんな中で、Mに怠け者が多いというのはかなり当たっていると思う。

「そんなことを言っても、夜中に女王様から呼び出されても文句を言わずいそいそ出かけていくM男や、性欲だけでなくいろんな面でご主人様にかいがいしくご奉仕するM女もいるではないか」

と、言われることもある。
Mは基本的に、縛られたりつながれたり、強制的に束縛されるのが好きである。
まめにご主人の世話を焼くのも、主の命令には絶対服従というルールに束縛されたいからである。
肉体も精神も強制束縛される、自由を奪われる、自由を奪われているから自分には何も出来ない、責任も負えない…

つまり、横着で無責任なのである。


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SMとSEX

SEXは動物本能で行うものである。
それに対し、SMは知的な行為だ。
SMプレイからSEXに移行する人というのは、例えば、高級レストランでいい音楽を聴きながら食事するとか、美しい自然の中でバーベキューするというのと同じで、本能をより快適に満たすためのバックグラウンドとしてSMプレイを利用していると言える。
一方、世の中には音楽や美しい景色が三度の飯より好きだという人もいる。
そんな人にとって、いい音楽や景色があれば、食事やバーベキューは必ずしも必要はない。
SEXしなくてもSMプレイだけで満足するマニアは、言わばこういうタイプなのだろう。
SMとSEXは似て非なるものであり、いずれを主とするかはその人の傾向が本能と知性のどちらに寄ったタイプであるかという問題にまで遡る。
生物学的にSEXが困難な年齢になっても、知的作業であるSMプレイは可能なのだ。


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チャールトン・ヘストン

チャールトン・ヘストンはハリウッド黄金期のスターである。
スケールの大きい史劇でスターになった人だが、例えばバート・ランカスターのような映画育ちのアクションスターではない。
ヘラクレスやターザン映画に主演したボディビルダーやスポーツ選手でもない。
シェークスピアを演じていた舞台出身の演劇青年である。
格調高い舞台俳優が「ベンハー」や「十戒」や「猿の惑星」で裸にされ、鞭打たれる。
作品の内容だけでなく、存在そのものが貴種流離譚のように思える。
王子や貴族が奴隷になったり、時代のエリートである宇宙飛行士が猿の家畜にされたり、地球最後の男がゾンビに襲われたり、縛られたり、鎖でつながれたり、おそらくそのゴージャスな肉体を責めるシーンを入れることでSMやゲイの愛好者の心をつかんだのだろう。

動画は無名時代の自主映画とSF映画から。



若々しいヘストン


緊縛あり


胸筋を自分で触ってます

火星の牢獄より

わたしは地下牢に投獄され、壁と床に鎖でしっかりとつながれた。はたして何日そこにいるのか、あるいは何週間か、何ヶ月か見当もつかなかった。これはわたしの生涯でもっとも恐ろしい体験だった。(“Under the moons of mars”by Norman Bean)
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実話

目を覚ました時、まだアルコールが残っていた。

薄暗いマンションの一室、窓の外がうっすら明るくなっているところを見ると夜明け近いのだろう。
自分の体は、ソファーベッドのような所に横たわっていた。
タオルケットがかけられているが、体は全裸だ。
仰向けに横たわっている。
両手は手首の部分で洗濯ロープのようなもので後手にくくられていて自由にならない。
が、他に縛られている箇所はなさそうだ。
昨夜のことを思い出す。
飲み屋で痛飲し、カウンターの隣に座った年配の女性と意気投合したのは覚えている。
気がつくと終電が終わっていて慌てると、「うちに泊まらない?」とお誘いを受けた。
若くはなかったがどこか可愛いげ気のある表情に惹かれて彼女に着いていったものの、酔いつぶれたらしい。

「目が覚めたようね」

声がした。
見上げると、あの年配女性がパジャマ姿で立っている。
「は、はい、あの…」
いきなり唇で口をふさがれ、続きの言葉が出なかった。
「ねえ、3人でしたことある?」
唇を離して彼女が尋ねる。
首を振ると、またディープキス。
扉の開く音が聞こえ、誰かが入って来る気配がした。
確かめようにも、顔を動かせない。
彼女の指が、ぼくの右の乳首を弄ぶ。
ドサッと音を立て、彼女とは別の脂肪の乗ったすべすべした肉体がぼくの体の上にのしかかった。
3P?
新しい舌が左の乳首を嘗め回し、別の手のひらが股間を柔らかくまさぐる。
二人の女性のオモチャになるなんて、なんという幸福。
「どう?気持ちいい?」
唇を離して彼女が尋ねる。
夢見心地でこっくりうなずき、下を見ると…

薄い頭部がせり上がり、中年のおじさんがぼくの乳首に舌を這わせながらニコッと微笑んだ。

「主人よ」
当然のように彼女が言う。
股間がたちまち元気を失った。
「主人は男性しか愛せないの。でも、そうしている姿を見るのが、私にはとても幸せなのよ」
おだやかに年配の彼女は言った。


不思議な夫婦愛の情にほだされ、ノン気のぼくも2回射精するまでお付き合いしました。。。。。

無防備

無防備、というのはSMにとって重要な要素だと思う。
裸であるということや、緊縛されているという状態は、身を守る術が少ないということだ。
どんなに強力な筋肉に覆われた肉体でも、鎖や縄で自由を奪われていては何をされてもなすすべがない。
宙吊りにされたまま、女王さまから
「今地震が来たらお前を置いて逃げるよ」
などと囁かれたりしたらたまりません。

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美術モデル

若い頃からモデルの仕事を時々やってました。
筋トレをやっていたので頼まれることが多かったのです。
まあ、女性モデルと比べれば圧倒的に男性は仕事が少ないです。(そりゃそうだ)
絵画のモデルはそうでもないのですが、写真となると実物がハッキリ写るので仕事の当日の朝か前日にはダンベルで筋肉を張り、朝から食事もしないので(幼児体型でお腹がポッコリ出るため)大変です。
モデルは裸になればいいというものではなく、静止ポーズにしろ言われた通り動くにしろ重労働なんです。
今では体型も崩れてきたと思うのですが、それでも時々、頼まれます。
今月も行って来ますね。
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奴隷世界ゴル

ジョン・ノーマンという人が書いた反地球ゴル・シリーズという冒険小説がある。
太陽をはさんだ地球の反対側にゴルという惑星があり、地球人タール・キャボットがそこを訪れ大活躍するというお話。
SFの世界ではバローズ・タイプと呼ばれるジャンルで、E・R・バローズが火星や地底世界を舞台にしたヒーローの冒険とロマンスを描いた物語の後継にあたる。
しかし、ゴルの話は単なる冒険物ではない。
ゴルは奴隷制度を持つ社会であり、女性奴隷はカジュラ、男性奴隷はカジュラスと呼ばれる。
奴隷は主人の持ち物であり、快楽の道具である。
逆らうと容赦なく鞭打たれる。
沼正三さんも大喜びの世界である。
女性だけではなく、主人公キャボットも女王にくびきをかけられ鞭打たれる。
我々にとっては、まさにユートピアなのである。


ゴルの挿絵
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三島由紀夫の三つの名前

天才でありながら三島由紀夫という人は猟奇的なものに惹かれていた人で、「綺譚倶楽部」や「家畜人ヤプー」を絶賛していた。
「毛皮のビーナス」と共にマゾヒストの聖書とも言える「ヤプー」についてはまたいつか書くとして、三島由紀夫についてだが、実は彼にはあと三つの名前がある。
一つは、もちろん本名の平岡公威。
もう一つ自作「憂国」に主演した時、新人男優としての自らに名づけた「牧健児」という芸名。
結局「憂国」は話題性も狙ってか三島由紀夫・主演として封切られるのだが、自筆のクレジットには(海外版も含め)出演・牧健児と記されたものが残っている。
さらに、榊山保という筆名がある。
知る人ぞ知る「愛の処刑」というホモ小説を発表した時に使った名前だ。
佐藤江梨子が
「三島由紀夫さんは女性の体を描写する時はあっさりしているが、男性の肉体はねちっこく描く」
と感想を述べていたが、彼がゲイだというのは通説になっている。
しかし、三島由紀夫にとって「愛の処刑」や「憂国」で舐めるように描写した男性の肉体は、他ならぬ自分の肉体だったのだろう。
「剣と寒紅」という作品で三島さんのお稚児さんだった作者がいみじくも喝破しているように、三島由紀夫という人は「誰でもいい、自分の肉体を見て欲情して欲しい」という欲求が強烈にあったようだ。
マゾヒズム作家としては谷崎潤一郎という達人がいるが、三島文学に漂うマゾヒズムには所謂Mの人が書く耽溺型のものではない。
理想化された「美しい肉体を持つ自分」が中心にいたからだろう。



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mic999

Author:mic999
大阪在住のマゾヒストです

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